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新建築月評1月号
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妹島和世氏のディオール表参道は、色気と艶めかしさを感じさせる建物だ。全体がベールにつつまれたようなダブルスキンのファサードは、常に変化し続ける個性的なインテリアの雰囲気を外に感じさせながらも建物の統一感を保ち、白いドレープのようなアクリル板が女性的なブランドイメージを表現している。夜景の写真は無かったものの、夕闇に浮かび上がった姿はおそらくオーロラのように神秘的で浮遊感あふれたものになるだろう。それにしても、コンセプトの強さとそれを裏付ける構造やディティール、さらに一般的な意味では無駄ともとれる設備展開スペースを含めて非常に切れ味鋭く割り切ったプランニング手法は、あまりにも見事であり感心させられる。
ただ、この強く魅力的なコンセプトが建物全体を覆い尽くす中で、唯一ベールに隠れていないのがショーウインドウだ。ゴージャスな情報を常に更新しながら消費者の購買欲をかき立てなければならない商業建築の宿命と、ブランドイメージを保ちながら知的でクールな建築を組み合わせるときの葛藤がそこに垣間見えた気がした。こうした葛藤は、近年表参道付近に競うように建っている有名ブランドビルに共通するテーマのように思う。どれも現代を代表する建築家の手による傑作揃いであるが、非常に工夫の凝らされたファサードというフィルターを作り出すことで、内部と外部の関係性を弱めるかたちの回答をしている。モダニズムの影響下にある建築家のミニマルでコンセプチャルな外観表現とブランドイメージで満たされたゴージャスなインテリア空間の間には何らかの仕切が必要なのだろう。
自分たちのいる福岡は、巻頭のエッセイ「人々の魂をとらえる」を書いたジョン・ジャーディー氏を日本に最初に呼んできた街だ。彼は商業建築の世界では今や神様的存在だが、モダニズムの理念が体に染みこんでしまった自分たちにとって、彼の趣味はあまりに装飾的かつ表層的ではっきり言って「嫌い」だ。キャナルシティ博多が開業した時には、福岡の人間は派手好きだからしょうがないかと自分たちを納得させていたものの、その後彼のデザインの商業的な成功は広く認められ、リバーウオーク北九州、なんばパークス、六本木ヒルズなど日本全国に同様な商業施設が作られてしまった。福岡だけじゃなかったんだ。好き嫌いは別にしても、これだけ広く受け入れられるデザイン手法には何か本質的なものがあるに違いない。エッセイの中で彼は場の創造についての持論を展開しているが、そのデザインにはアレグザンダーのパタンランゲージやギブソンのアフォーダンス理論にも通ずる手法が用いられている。空間ではなく場を作ってゆく様々な仕掛けは人を呼び込み、たまり場を作り、商業空間の楽しさを演出するのに非常にうまく機能している。こうした手法は部分部分のデザインこそが重要であって、一般的な建築の評価軸である全体性や厳密な論理性をとやかく言わない。彼らはデザイン監修という形でプロジェクトに参加しているようだが、基本コンセプトと断片的なスケッチに優秀な現地スタッフが加われば、彼らの世界は作ってゆけるのだ。実現されたものに多少ばらつきがあったとしても、雑多なデザインの中ではほとんど気にならないし、多くのデザイナーが関わることでかえって視覚的変化に富んだ活気ある場所を作りだす効果もある。こうしたアバウトさのおかげで、商業建築特有のスピードやデザインの変化に柔軟に対応できるというのも強みだ。
さて、内藤廣氏との対談で伊東豊雄氏はモダニストの論理に則した美しい建築よりも「楽しい建築」を作りたいと言っている。伊東氏の言はどちらかというと公共建築を念頭に置いていたかもしれないし、「ディズニーランドのようなものを求めているわけではない」ようだ。しかし商業建築の分野ではずっと前から「楽しい建築」が求められてきたことは事実だし、それを引っ張っているのがジャーディ氏だとすると、「楽しい建築」に関して彼には一日の長と積み重ねられたノウハウがありそうだ。村上隆氏がモダンアートの世界で商業主義との垣根を軽く飛び越えてみせたように、建築家ももっと積極的に商業主義と渡り合う可能性を見いだすべきなのかもしれない。