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新建築月評1月号
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藤森さんによれば日本の現代の建築家は白派と赤派に分類される。そう簡単にくくってしまっていいのかという気もしなくはないが、結構イメージがわかりやすくて、実は現代の建築界の空気の流れを的確に捕らえる指標になっているように思う。一般的にいって建築家のモダニズム指向、いいかえれば白派指向は、今では当然のこととして受け取られている。ファッション誌や量産住宅などでも白派建築がオシャレなものの代名詞として登場してくるようになった。自称赤黒い藤森さんとしては赤も大事なんだよと言い続けてきたんだが、ここにきて白派の星である伊東さんが赤派へと越境してきたことを大歓迎しているのだ。
まつもと市民芸術館の建物は外壁にはめ込まれたガラスが特徴的である。局面に沿って流れるように浮かぶ白い光は、藤森さんのいうように流氷のようでもあり、河原に転がる小岩のようにも見える。壁面の曲線や長くて広い階段と相まって、自然の水の流れのように空間の流れを作り出している。流れるような曲線と階段の組み合わせは、アアルトの作品を思い起こさせるが、ここではさらに流れの印象が強められているように思える。
また外壁以上に重要なのが、有機的なかたちをした椅子とそれに呼応した床のパターンのデザインである。オブジェのような家具がその周りに場所を作り出し、人に対してアフォーダンスを示す例は、ジョン・ジャーディーなどのランドスケープデザインにも共通する手法だ。安藤さんの野間自由幼稚園で安田さんの彫刻に群がるこどもたちの写真も好例だろう。しかしアフォーダンスの影響範囲を床のパターンとしてそのまま美しく視覚化したような例は他には知らない。あえていうなら石庭の白砂のパターンだろうか。いかにも直接的な場の力の表現なのだが、とても芸術的に伊東さんはやってしまった。しかもその形と色が艶っぽく、床があたかも液体であるかのような印象を与える。以前からこのプロジェクトはGRCに象眼されたガラスという技術的な関心で紹介されていたが、実際の建物が持つ意味は期待を越えていた。楽しい建築を目指すと言っていた伊東さんの思いは、非常にストレートな文章とともに強く伝わってきた。ミース的な均質な床というモダニズム建築の持つ呪縛から抜け出し、次なる境地を目指す明確な意志を見た。
一方、7月号には白派に分類される建物も多く掲載されている。谷口さんの広島市環境局中工場では、建物の持つ抽象性という白さによって日常的には隠されている処理プラント設備の力強さが際だっている。安藤さんとしては珍しい木を前面に押し出した2つの建物は、木という赤派っぽい素材を使いながら抽象性という白さを獲得しようとしている。
最上川ふるさと総合公園センターハウスは、これまでなら赤派に分類されるだろう内藤さんの建物としてはかなり白い。鉄骨という工業製品が前面に出てくると、白派に近づいてゆくのかもしれないが、豊かな自然環境という背景との対比によってこの建物は生きている。村井正誠記念美術館はシンプルな構成の中に既存のアトリエを取り込んでしまおうというものだ。芸術家の歴史を刻んできたものたちが持つ存在感を際だたせるために、建物自体の存在感はほとんど主張されていない。これらのプロジェクトはいずれの場合にも、建築の主題を明確にするために、建物は背景に徹している。抽象性という白さは背景としてその存在意義をもっとも発揮する。
こうした中でももっとも白いと感じたのが、北京の建外SOHOである。今の中国の勢いを感じさせる巨大プロジェクトだが、住宅というには全体の印象があまりに均質で白く、
山本さんの文章にある「漂白された場所」という言葉がプロジェクトのイメージと重る。このプロジェクトの主題は人々の生活であるが、住宅であると同時に仕事場でもあるという新しい都市居住形態がまだはっきりとした生活のイメージを獲得していないため、建物が生活の背景としてどのように機能するのか見えていない。数年後にぜひ訪れてみたいと思った。
それにしてもアルミ量産住宅の試みといい最近の山本さんは、抽象性というよりは均質性という白さへの道をひた走っているように思える。熊本県営保田窪団地の持っていたアジア的生活感は、どちらかといえば赤派に近かったと思うが、それが大規模化、量産化されてだんだん漂白されてきたのだろうか。伊東さんとは逆のベクトルを示しているともいえるが、これから果たしてどのような展開が待っているのか興味は尽きない。
それにしても7月号は盛りだくさんだった。誌面の目次を見ても、作品の紹介だけでなく、プロジェクト、特別記事、エッセイ、コラム、アーバンスタディーズ、研究室レポート等々、読者からするとあまりに項目が多くてそれぞれの記事の位置づけが少々わかりづらい。今建築界で起こっていることを総合的に俯瞰する意義はあるが、どうも散発的な印象を免れない。作品と一緒に批評が掲載される構成はわかりやすいので、こうした内容が発展するように、もう少し継続的でインタラクティブな構成にしてもらえればと思った。